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(4)備中松山城(岡山県高梁市)から高松城跡へ

あるアメリカの女性キャスタ-が、中国の万里の長城を訪れて言ったことは、「小さな石を積み重ね、偉大なものを作ったもんだ。」と。私は万里の長城を知らない。写真でみても 綺麗に整備された長城には日干しレンガ、自然石、切り石が壁に使われている様に見える。だが通路の階段には大きな切り石が使われているのを見ると、彼女の言葉を疑ってしまう。小さな石だけで作られているとは思えない。

私も岡山県備中松山城を尋ねた時に彼女と同じ事を呟きそうになってハッとした。この城の天守閣は、昭和のある時期まで、森に帰ってしまうのではないかと思われる程、荒れていた。石垣に生えた樹の根が、石垣を壊し、城の壁板は腐り、屋根瓦は、崩れかけ冬の北風にも天守閣全部が自壊を起こしそうな、そんな状態であったと聞く。有志の 基金をもとに、木造天守閣を復現し今に今に至っているが、遠目に見たその石垣も小粒に見える。

この城は高梁(たかはし)川にすそを削られ、急峻な山に築かれた山城だ。すぐそこに見える天守閣が登れどのぼれど、又石垣が現れる。この険しい山城の石垣でも人の体に比べたら大きいし、山頂近くの石組はどこから運んで積んだのか、思いあぐねてしまう。

汗をかきかき、やっとのことで大手門にたどり着いた。この城のすばらしさは、その石組であり石垣のひとつひとつの高さにあると思う。大手門の石垣もその高さと、空を切り裂くような迫力には感動する。もう1つの大きな驚きは、大手門に至ると、城主が「登城、ご苦労であった。」と我々を迎えくれることだ。口元がゆるみ笑ってしまう自分に気づく。そして全身の力がス-ッと抜けた。

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午後、高梁川に沿って国道80号線を南下し、総社の備中国分寺を訪れ、吉備津神社に参拝し、大鳥居の高松稲荷への道途中の高松城跡を目差した。吉備津神社は「鳴釜の神事」で名高いが、他に「吉備津丸」と言われる日本一の大太刀でも有名である。作者は備州長船法光(おさふねのりみつ)で出来は大変優れていると言われている。当地、愛知県でも熱田神宮は大太刀の寄進が多く、匠達の業が見られる。

さて高松城跡は虚しく田園の中にたたずんでいて、何故ここに城を築いたか理解に苦しむ。ここより北西に鬼ヶ城があるが、今回の訪問を諦め、今日の宿 牛窓へ向かった。

明日は備前、赤穂を尋ねるつもりだ。

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