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大同大学 同窓会

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(1)高天神城跡で

さて高天神城。高天神山は遠州の相良台地にあり外観よりも険しい山城である。回りに小高い丘が幾重にも連なり、高みに立てば太平洋(遠州灘)も望めそうである。

私の訪れた冬の高天神山は、照葉樹(シイ・クスノキ・ツバキなどの常緑広芽樹)のお椀を伏せたような山にみえる。ゆっくり3時間ぐらいかけ、この山を巡ればハイキングコースとして楽しめそうである。山の際まで畑が作られ、ゆるやかな山裾が16世紀の戦の激しさを想像しにくい。城跡の大手門、からめ手(裏門)にも人家がなく山の中腹に神社が祭られているだけである。私は南面の大手門址側から登りはじめた。風もなく暖かく感じる冬の午後で、順路は十分整備され、程良い高さのある林の中を、曲輪をめぐって歩いた。ずいぶん登って来たが石垣に出会わない。

高天神城略図 高天神城戦跡図
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山の勾配がきついので作らなかったのか、元来石組をしない城だったのだろう。山腹に石牢が残されている。武田軍が支配していた時に徳川方の大将がここに閉じ込められていたことは歴史に明らかだ。中腹に隠されているように池がある。城の大きさに比べ十分大きく思え、この城を守った武士達には、心強い聖域に映ったことだろう。戦いでは敵のみずみちを断つことにあらゆる手を使い攻めたことであろう。ここも歴史的には、激戦であったと伝えられている。ここより西南西方向、数キロメートルの大須賀町に、徳川方のとりでがある(横須賀城跡)。武田軍は信州街道(現国道152号線?)を南下し、遠州に攻めかけ徳川軍の要所を取ったり、取られたりしたのだろうか。

急な道をしばらく歩き、林が切れ、あたりが明るくなった。山頂(本丸)に着いたようだ。狭い平地が表れ、一部に岩盤が露出している。東北方向が深く切れ落ち、攻めるに難しい城であったことがよくわかる。訪れた人の想像を広がらせてくれる空間と私の持っている短い時間は、はや消え失せた。冬の夕暮れは早く、少しかいた汗も引いたので山を下りることにした。

高天神城 大手門址 高天神城 本丸址
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交通
名古屋IC→掛川IC(118km)。高天神城跡まで東名掛川ICより車で15分(8.5kmぐらい)

泊まるなら
御前崎町に国民宿舎おまえざき荘(0548-63-2521 8,500円~) 
相良町にペンションむぎわらぼうし(0548-52-0151 8,500円~)

みどころ
掛川城跡、横須賀城跡、諏訪原城跡(金谷町)、二俣城跡(天竜市)、相良油田石油抗(相良町)、森の石松の墓、大洞院(森町)

二俣城跡
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